彼のスタイルの源流は、間違いなくヨーロッパ留学時代にある。東京大学を卒業後、パリ大学の現代国際関係史研究所やジュネーヴ国際開発高等研究所で研究員を務めた。この時期に培われた語学力と国際感覚は、当時の日本では群を抜いていた。フランス語を流暢に操り、ヨーロッパの政治力学を肌で知る若き学者は、バブル景気に向かう日本にとって「憧れの知性」そのものだった。
帰国後の彼は、メディアで見せるファッションにもこだわりを持っていた。仕立ての良いダブルのスーツに、時にノーネクタイでラフに着こなすスタイル。それは、従来の日本の政治学者や評論家が持っていた「泥臭さ」を排除した、ヨーロッパ仕込みの洗練された自己演出だったと言える。