黒沢作品の真骨頂は、日常の何気ない光景が一瞬にして底なしの恐怖へと変貌する演出手法にある。今回、映画『不審者』において監督が提示するのは、物理的な侵入者としての恐怖だけではない。心理的な侵食、すなわち「自分が生きる世界そのものが侵されているのではないか」という根源的な不安だ。
近年のサイコスリラー映画がジャンプスケア(驚かし演出)に頼りがちなのに対し、本作は静寂と間(ま)を駆使した古典的かつ前衛的なサスペンス構造をとる。スクリーン越しに伝わる冷たい空気感は、鑑賞後の観客に「帰り道の後ろ姿」を意識させずにはいられない強い余韻を残すだろう。