本作のファンタジックな外見の裏には、宮崎駿監督が長年温めてきた神話的モチーフと深遠な裏設定が緻密に組み込まれています。ポニョの本名が「ブリュンヒルデ」であることは作中でも明かされていますが、これは北欧神話に登場する戦乙女(ワルキューレ)の名であり、主神オーディンの命に背いて人間に恋をした存在を意味しています。
宮崎監督は制作当時のドキュメンタリーやインタビューにおいて、ポニョという存在について「可愛い女の子であると同時に、恐ろしい海洋神の娘であり、世界のバランスを崩壊させかねない危険な力」であることを強調していました。父親であるフジモトがポニョを必死に連れ戻そうとしたのは、彼女の暴走によって「世界の理(ことわり)」が壊れ、月が地球に接近して大地が海に沈む破滅を恐れたからです。
本作に隠された真のメッセージは、「理不尽な自然の脅威に対する畏怖と、それを受け入れて生きる人間の覚悟」です。宮崎監督はCGを一切排除し、手描きのアニメーションだけで「生き物のように意志を持つ海」を表現し切りました。人間がコントロールできない圧倒的な混沌と生命のエネルギーを、誤魔化すことなくそのまま子どもの視点から描き出すこと。その過剰なまでの純粋さこそが、大人の観客に「底知れぬ怖さ」として突き刺さるのです。