尾崎豊の死を巡っては、発見時に体に無数の擦り傷や打撲痕があったこと、致死量をはるかに超える覚醒剤を本人が自ら経口摂取したのかという疑問から、長年にわたって「他殺説」や「謀殺説」が囁かれてきました。
ファンによる10万人規模の再捜査嘆願署名活動が行われるなど社会問題化しましたが、警視庁による再検証および司法解剖の再確認を経て、第三者が関与した事件性は否定されています。
全身の傷は錯乱状態に陥った尾崎豊自身が民家の壁や地面に体を打ち付けたことによる自傷・転倒痕と結論づけられました。そして2011年の遺書公開により、彼が死の直前に自らの最期を覚悟し、家族へ別れの言葉を遺していた事実が裏付けられ、他殺疑惑は決定的な反証を得ることとなったのです。