2015年8月、六代目山口組は結成100年の節目において、神戸山口組の離脱という歴史的な大分裂に直面しました。弘道会主導の組織運営や上納金制度に対する反発が背景にあったとされていますが、この事態に対しても司忍組長は沈黙を守りつつ、内部への組織通達や方針声明を通じて引き締めを図りました。
公の場での直接的なコメントを避ける一方で、直参組員や傘下組織に対しては「伝統ある山口組の看板を守る」ことの重要性を説き、内部崩壊を防ぐ姿勢を徹底しました。神戸山口組からさらに絆會(旧・任侠山口組)が分裂するなど泥沼化する抗争劇の中、特定抗争指定暴力団への指定を受け、活動拠点の使用制限や組員同士の接触禁止など、かつてない警察の包囲網が敷かれました。
こうした状況下で司忍体制が選んだのは、派手な武力衝突を避けつつ経済力と人員の規模で相手を圧倒する持久戦でした。過去のインタビューで語った「組織の規律と結束」を武器に、離脱派を徐々に切り崩していく戦略が現在に至るまで一貫して採られています。