山本太郎氏の母親の氏名は、山本乃布子(やまもと のぶこ)氏です。兵庫県宝塚市などで育った山本氏の幼少期は、決して平穏無事な家庭環境ばかりではありませんでした。山本氏がわずか1歳の頃に実父が他界し、突如として母子家庭となった一家を支えるため、乃布子氏は自らビジネスの最前線に飛び込みました。
乃布子氏が選んだ職業は、ペルシャ絨毯の輸入販売および輸入家具・調度品のコーディネートでした。当時、女性が単身で中東や海外に買い付けに赴き、日本国内の富裕層向けに美術工芸品クラスの絨毯を商うことは極めて異例であり、並外れた商才と行動力が求められる世界でした。朝から晩まで精力的に働き、経済的な自立を勝ち取った母の背中を見て、山本氏は育ちました。
さらに乃布子氏の経歴を語る上で欠かせないのが、30年以上にわたるフィリピン支援を中心とした国際ボランティア活動です。私財を投じて現地スラム街のストリートチルドレンへの教育支援や医療補助、里親制度の運営に深く関わり続けました。ただ金銭を寄付するだけでなく、自ら現地に足を運び、現地の厳しい現実に寄り添う活動スタイルは、後年の山本太郎氏の現場視察や路上対話の姿勢と驚くほど重なり合っています。