1868年1月、日本の命運を決する鳥羽・伏見の戦いが勃発した際、この奉行所は旧幕府軍の決定的な防衛拠点となった。激陣を指揮したのは、新選組副長・土方歳三である。
会津藩兵や新選組で構成された旧幕府軍約1000名は、ここに本陣を構え、新政府軍の進撃を食い止めようと死力を尽くした。しかし、最新式の薩摩藩の砲撃によって奉行所は炎に包まれる。土方歳三は苛烈な砲火の中で冷静に撤退を指揮し、熾烈な市街戦へと雪崩れ込んでいった。戦火によって当時の建造物はことごとく焼失したが、土の奥深くには当時の激戦を物語る痕跡が静かに眠っている。