読者の涙なしには見られないエピソードとして筆頭に挙げられるのが、七不思議の五番「16時の書庫」と四番「エソラゴト(美術室のシジマメイ)」です。これらのシーンが圧倒的な情動を生む理由は、登場人物たちが抱える「取り返しのつかない過去」と「変えられない未来」が生々しく衝突するからです。
生前の柚木普が土籠に預けたアポロ11号の月の石の破片。理科教師だった土籠に対して普が呟いた「俺、どこにも行かないよ」という一言は、未来への夢(天文学者になること)を自ら断絶せざるを得なかった絶望と諦念を物語っています。生前の傷だらけの体、隠し続けた家庭内の暴力の痕跡、そして弟を殺害して自ら命を絶ったという柚木普の過去の真相が明かされる瞬間、読者は彼の軽妙な笑みの裏にある深淵な孤独を突きつけられます。
また、エソラゴト編における寧々と花子くんの別れの応酬は、少女漫画的な甘い恋愛描写を遥かに超越しています。「絵の世界にいれば死なずに済む」と説得する花子くんに対し、寧々は「たとえ短くても、本当の世界で生きたい。花子くんの過去も全部知りたい」と拒絶します。互いを誰よりも深く想い合っているからこそ生じる決裂の対話は、原作屈指の感動シーンとして読者の記憶に刻まれています。