船坂弘は1920年(大正9年)4月13日、栃木県上都賀郡西方村(現・栃木市西方町)の農家に三男として生まれました。幼少期から身体能力に優れ、頑健な体躯と並外れた精神力を備えていたと伝わっています。1941年(昭和16年)に陸軍へ入隊すると、宇都宮の第14師団歩兵第59連隊に配属され、満州(現・中国東北部)での警備任務に就きました。
軍務の中で頭角を現した船坂は、特に銃剣術と射撃の腕前において群を抜いており、連隊を代表する精鋭として知られるようになります。特別銃剣術徽章や特別射撃徽章を授与されるなど、卓越した戦闘技術を身につけた若き下士官として将来を嘱望されていました。1944年(昭和19年)、戦局の悪化に伴い、第14師団は太平洋の防衛要衝であったパラオ諸島への転進を命じられます。船坂は歩兵第59連隊第1大隊の擲弾筒分隊長として、激戦地となるアンガウル島へと送り込まれました。