なぜ澤田一人氏はこれほどまでにメディアへの露出を避けてきたのか。その背景には、1980年代半ばに起きた沢田研二と伊藤エミの離婚、そしてその後の田中裕子との再婚を巡る激しい報道合戦が深く関係している。
1987年の離婚成立時、沢田は約18億円ともいわれる当時の芸能界史上最高額の慰謝料や財産分与を支払ったと報じられた。この破格の金額の裏には、愛息である一人氏の養育費と、今後の生活における平穏を担保したいという沢田の強い意志があったとされる。世間からの過剰な好奇心や冷ややかな視線から幼い息子を守るため、父として「息子の存在を公の話題にしない」という暗黙の契機をメディアとの間に保ち続けたのだ。