「呪」という文字の深層に接近する上で、漢字学史に名を残す二人の巨人の業績を比較することは極めて示唆に富んでいる。許慎は『説文解字』において文字の構造を系統的に整理し、後代の漢字研究に不可欠な土台を築いた。しかし、その解釈には当時の儒教的な道徳観や後世の字形変化に寄せる傾向も存在した。
それに対して白川静は、殷代の甲骨文字や周代の金文といった最古の出土資料を網羅的に分析し、文字が誕生した現場にあった生々しいシャーマニズムの世界を現代に蘇らせた。白川説が解き明かした言霊の観念は、古代人が言葉に対して抱いていた絶対的な信仰を鮮やかに証明している。
古代人にとって、口から発せられる声は単なる音の振動ではなく、現実に干渉する不可視の力だった。文字を刻む行為とは、その力を粘土や青銅器、甲骨に固定し、神々との契約を永久化する儀式に他ならない。「呪」という漢字の内に込められていたのは、制御不能な自然や運命に対して、言葉という唯一の術を用いて挑もうとした人間の切実な祈りであったのだ。