現地を歩くと、まず目に飛び込んでくるのは、どこか懐かしい昭和の面影を残すアーケードと平屋・低層の長屋型店舗群です。ネット検索で「中志津商店街 現在」と打ち込むユーザーの多くが気にしているのは、「本当にゴーストタウン化しているのか」という点でしょう。結論から言えば、最盛期に比べて営業店舗数が大きく減少しているのは紛れもない事実です。
かつて精肉店、鮮魚店、青果店、日用雑貨、文具店などがひしめき合い、夕方には団地の主婦や子どもたちで通路が埋め尽くされていたこの商店街に、一体何が起きたのか。佐倉市中志津商店街において閉店が相次いだ背景には、主に3つの構造的要因が存在します。
第1の要因は、店主の高齢化と後継者不在です。昭和40年代の入居開始とともに開業した個人商店主の多くが70代後半から80代を迎え、体力の限界や健康上の理由から暖簾を下ろす決断を迫られました。佐倉市の商業統計や商工関係者の証言によると、商売自体が赤字ではなくても「子どもがサラリーマンとして都内に就職し、店を継ぐ者がいない」という理由での自主廃業が全体の過半数を占めています。
第2の要因は、中志津団地そのものの人口動態の変化です。かつて子育て世代で溢れていた団地は、住民の平均年齢が上昇し、いわゆる高齢化率が40%を超えるエリアも現れました。世帯構成の小規模化に伴い、日々の食料品や日用品の消費絶対量が縮小したことは、地域密着型商店に大きな打撃を与えました。
第3の要因は、周辺ロードサイド大型商業施設への購買力流出です。国道296号や勝田台、ユーカリが丘方面に大型ショッピングモールやディスカウントスーパー、ドラッグストアが相次いで出店したことで、自動車を運転できる層の消費行動が商店街の外へとシフトしていきました。その結果、日常の買い回り品を扱う店舗が立ち行かなくなり、「気づけばシャッターが連なる光景」が形成されていったのです。