沢村貞子が57歳となった1966年から、女優を完全に引退した後の1992年まで、約26年間にわたって書き続けられたのが『献立日記』です。市販の大学ノート36冊に整然とした美しい文字で記された日々の朝・昼・夕のメニューは、特別なごちそうではなく、旬の野菜や魚を無駄なく使った滋味あふれる家庭料理の記録でした。
この日記をもとに制作されたNHK Eテレの番組『365日の献立日記』(語り:松たか子/料理:飯島奈美)は、放送開始以来、幅広い世代から絶大な支持を集めています。「沢村貞子の台所」から生まれるレシピは、現代の時短至上主義やSNS映えを狙った料理とは対極に位置する、誠実で持続可能な食のあり方を提示してくれます。
彼女の料理は、決して手の込んだ高級フレンチや料亭の味ではありません。「うどの皮のきんぴら」「いわしのつみれ汁」「冷奴に刻み生姜」など、身近な食材を丁寧に下ごしらえし、素材の味を引き出す工夫に満ちています。この潔い献立設計こそが、多忙を極めた女優業を支える強靭な体力の源泉でした。