大阪パフォーマンスドールという試みは、当時のエンターテインメント業界にとっても画期的な大型プロジェクトだった。お笑い王国の吉本興業と、音楽界のメガレーベルであるソニー・ミュージックエンタテインメントが強力なタッグを組んで推進したこの事業は、バラエティ番組と本格派音楽ライブの双方を横断する画期的な試みだった。
吉本興業が持つ圧倒的なメディア展開力と劇場のノウハウ、そしてソニー・ミュージックエンタテインメントの質の高い音楽制作陣が融合することで、OPDは単なるアイドルを超えたカルチャーアイコンへと成長。大上かおりはその中心で、音楽番組やバラエティ、ラジオなど多岐にわたるメディアで才能を発揮した。二大巨頭の手によって生まれたこの革命的なスタイルは、後のアイドルシーンのビジネスモデルにも大きな影響を与えている。