理系最高峰の一角である京都大学農学部および同大学院で学んだ彼は、本来であれば研究者や技術者としての道を歩むはずだった。しかし、彼が選んだのは言葉と映像で社会を動かすテレビ放送業の世界だった。
テレビ朝日入社後、ディレクターとして頭角を現した彼は、納得がいくまで取材対象を追い詰める徹底したスタイルを確立。この時期に培われた「疑問を持ったらとことん調べる」という姿勢が、後のコメンテーターとしての骨組みを作った。しかし、この完璧主義と没頭癖こそが、プライベートでの人間関係において大きな壁となったことは想像に難くない。
論理的思考を極めた人物だからこそ、感情の行き違いが生じる結婚生活という不確定要素に対して、折り合いをつけることが難しかったのかもしれない。独身生活を長く続ける中で、自分のペースを崩さないライフスタイルが完成していったのだ。