伊藤淳史の人生における最大の試練として語り継がれているのが、同じく俳優として将来を嘱望されていた実弟・伊藤隆大(たかひろ)さんとの別れです。隆大さんはドラマ『のだめカンタービレ』で主人公・千秋真一の幼少期のライバル瀬川悠人役を演じるなど、卓越したピアノの腕前と確かな演技力で注目を集めていました。『電車男』でも兄弟共演を果たすなど、二人は互いに高め合う親友のような関係性でした。
しかし、2009年3月、隆大さんは神奈川県相模湖近くに停められた車内で、21歳という若さで帰らぬ人となりました。車内からは家族宛ての遺書が見つかり、練炭自殺と断定されました。当時の報道陣や世間に走った衝撃は計り知れませんでした。
悲報を受けた直後、伊藤淳史は事務所を通じて次のような痛切なコメントを発表しました。
「弟・隆大は、誰よりも優しく、真面目で、私にとって自慢の弟であり、最高の仲間でした。今はただ、なぜ気づいてあげられなかったのかという悔恨と、深い悲しみの中にいます。しかし、あいつが遺してくれた温かい思い出と誇りを胸に、私は役者として前を向いて生きていきます」。
当時、主演映画やドラマの撮影スケジュールを抱えていた伊藤は、現場に穴を開けることなく毅然とした態度で仕事を全うしました。近親者の自死という極限の精神的苦痛に直面しながらも、カメラの前で一切の私情を交えずに演じ切る姿に、関係者や共演者は驚嘆と敬意を抱いたといいます。この壮絶な経験と喪失感が、後の伊藤の芝居に底知れぬ深みと命の尊厳をもたらしたことは疑いようがありません。