所持品や外見からの判断が不可能な場合、警察捜査は法医学に基づく科学的特定へと移行します。ニュースで「身元の確認を急いでいる」と報じられる際、水面下ではDNA鑑定や歯型照合といった緻密な鑑定手続きが進行しています。
科学捜査の現場で迅速な特定手段として重用されるのが、歯科所見による確認です。歯は人体の中で最も硬いエナメル質に守られており、激しい熱や衝撃にも耐えうる特性を持っています。警察医や法医学者が現場遺体の歯の治療痕(インプラント、銀歯、レジン充填)を精査し、捜索願が出ている行方不明者や推定される人物の通院先歯科医院からカルテやレントゲン写真を取り寄せて合致度を判定します。しかし、この照合を行うには「まず対象者の候補が絞り込まれていること」が前提条件であり、カルテの取り寄せと専門医による比較作業に最低でも2〜3日の日数を要します。
遺体の損傷や焼損が極限まで進み、歯型の確保すら難しい場合はDNA型鑑定が最終手段となります。2026年現在の高精度解析技術をもってしても、熱変性を受けた骨や筋肉組織から良質なDNAを抽出し、STR型検査を実施して親族の検体と照合するまでには、通常数日から2週間程度の時間が必要です。交通事故における身元特定期間が長期化するのは、捜査の遅れではなく、法医学的に誤りの許されない厳格な照合プロセスを愚直に踏んでいる証拠といえます。