がんそのものが命を奪ったわけではありません。直接的な死因となったARDSは、重症の肺炎や敗血症などに続いて起こる、極めて重篤な急性呼吸不全です。肺全体に水が溜まり、酸素を取り込めなくなるこの病態は、発症すると極めて高い死亡率を示します。当時の医療技術をもってしても、一度進行し始めた肺のダメージを食い止めることは困難を極めました。人工肺(ECMO)を用いた懸命の治療も、彼の強靭な生命力を以てしても、限界がありました。
十八代目中村勘三郎が遺したもの――急逝から歳月を経ても語り継がれる「あの日の真実」と歌舞伎界の現在地
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