山本Kid徳郁が遺した伝説と真実|死因の胃がんと家族の絆を総括にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
山本KID徳郁の戦歴を時期ごとに整理すると、階級の壁や過酷なルール改変、大怪我を乗り越えて戦い続けた挑戦の連続であったことが分かります。
キャリア区分主な対戦相手・戦績当時の階級・状況編集部の見解・評価総合格闘技全盛期(修斗・HERO'S)ホイラー・グレイシー、宇野薫、須藤元気らに勝利。HERO'S初代世界王者。ライト級〜ミドル級(65kg〜70kg)適正体重(本来は60kg前後)より大幅に重い階級で世界の強豪をKOし続けた全盛期。立ち技挑戦期(K-1 WORLD MAX)魔裟斗(判定負け)、村浜武洋(2R KO勝ち)、マイク・ザンビディス(3R KO負け)。70kg契約(K-1 MAXルール)体格差とキックボクシングの専門性をものともせず、天性のスピードでトップ勢を脅かした。レスリング五輪挑戦期(2007年)全日本選抜レスリング選手権出場。2回戦で右腕を脱臼骨折し無念の無効試合。フリースタイル60kg級北京五輪出場を目指した挑戦。大怪我を負ったものの、原点への飽くなき情熱を示した。世界最高峰挑戦期(UFC)1勝4敗1無効試合。デメトリアス・ジョンソンらトップランカーと激突。バンタム級(61.2kg)膝の前十字靭帯断裂など度重なる怪我と戦いながら、34歳でオクタゴンに挑んだ果敢な挑戦。