若狭氏が最大の「しくじり」として挙げたのが、政治団体「日本ファーストの会」の設立から「希望の党」立ち上げに至る一連の政変劇です。
当時、新党の立ち上げを一任されていた若狭氏は、テレビ番組に出演した際に「次の次(の衆院選)あたりで政権奪取」と発言。これが世論から「政権を取る気がないのか」と大バッシングを受け、直後に小池氏が自ら「希望の党」を結党して代表に就任する電撃発表につながりました。このプロセスで若狭氏は完全に主導権を失い、世間から「蚊帳の外に置かれた側近」として見られるようになります。
迎えた2017年の衆議院議員選挙では、小池氏の「排除」発言による急激な逆風も直撃。本拠地である東京10区で敗北を喫しただけでなく、比例復活すら叶わず落選という屈辱的な結果に終わりました。他人の威光に頼り、自分自身の足元を固めきれなかったことが決定的な敗因だったと本人が語っています。