明治維新を経て、急速な西洋化と近代化の波に飲み込まれようとしていた日本。その渦中で、国の未来を決定づける文化と防衛の要を担ったのが、愛媛の地で育まれた若者たちだった。松山藩の武士の家系に生まれた彼らは、決して恵まれた環境にいたわけではない。貧困と隣り合わせの日常の中で、圧倒的な知性と行動力を磨き上げていった。
例えば、正岡子規と秋山好古・真之の兄弟は、幼少期から親交を結び、互いに刺激し合いながらそれぞれの道を極めた。子規はベースボール(野球)の日本語訳に情熱を傾け、自らも捕手として白球を追うスポーツマンであった事覚をご存知だろうか。また、強大なロシア陸軍を阻んだ秋山好古が、若い頃に一杯のカケソバを弟と分け合って飢えを凌いでいた極貧エピソードなど、教科書の年表だけでは見えてこない人間味あふれる実像がそこにはある。