1921年11月4日夜。青年・中岡艮一の手によって放たれた短刀は、原の胸郭深くへと吸い込まれた。即死に近かった。なぜ、大衆から絶大な期待を寄せられて誕生したはずの内閣総理大臣が、これほど無惨な最期を遂げねばならなかったのか。
2026年に入り、歴史研究者たちの手によって新たに精査された未公開の私信群や警察調書から、暗殺直前の生々しい緊迫感が浮かび上がってきた。当時の社会は、第一次世界大戦後のインフレと格差拡大に揺れていた。大衆が求めた普通選挙の導入を「時期尚早」として頑なに拒み続けた原の姿勢は、民衆の熱狂的な支持を急速に失望と憎悪へと反転させていたのだ。
凶刃は一瞬だった。だが、そこに堆積していたのは、藩閥打破を掲げながらも既存の支配構造と巧みに手を結んだ原に対する、出口なき民衆の怒りと青年層の先鋭化だった。教科書的な美談を剥ぎ取った先に現れるのは、理想と妥協の狭間で引き裂かれた生身の政治家の相貌である。