寿永の乱(治承・寿永の乱)における天王山の一つとなった屋島の戦い。源義経率いる精鋭部隊は、暴風雨の阿波(徳島県)に奇襲上陸し、背後から平家の本拠地である屋島を急襲しました。不意を突かれた平家軍は海上の船へと逃れ、陸の源氏軍と海の平家軍が矢合わせ(弓矢の打ち合い)を繰り広げたものの、日没を迎えて戦況は膠着状態に陥ります。
暮れなずむ酉の刻(午後6時頃)、平家方の船団から装飾の施された一艘の小舟が漕ぎ出してきました。乗っていたのは18歳前後の美貌の女房(玉虫の前)。彼女は紅地に金色の日の丸が描かれた扇を小舟の船端(ふなばた)に立て、手招きをして陸の源氏軍を挑発します。「この扇を射落としてみよ」という平家側からの公然たる心理戦の仕掛けでした。
【扇の的 登場人物 相関・対立関係】
- 源義経(源氏方総大将):勝敗と武士の面目をかけ、扇を射落とす射手として弓の名手・那須与一を指名。「射損ずれば生きて帰さぬ」無言の重圧をかける。
- 那須与一宗高(下野国の武士):若干20歳前後の若武者。兄たちを差し置いて命じられ、失敗すれば切腹の覚悟で波打ち際へ進み出る。
- 玉虫の前(平家方の女房):扇を立てて源氏を挑発した優美な女性。平宗盛(平家の総大将)の命を受けて的を掲げた。
- 伊勢能登守教経の郎等(平家の老武者):与一の神技に感激して船上で舞を踊るが、義経の命を受けた与一に射殺される悲劇の人物。
平家が扇を立てた背景には、平家の守護神である厳島神社の加護を誇示する意図と、源氏の武勇を試して動揺を誘う狙いがありました。もし射損じれば、源氏軍全体の士気は地に堕ち、平家の優位が確定する極めてリスクの高い場面だったのです。