軽快で祝祭感に満ちたこの行進曲ですが、その誕生の背景には血塗られた戦争と政治的プロパガンダが存在していました。
タイトルとなったヨーゼフ・ラデツキー将軍は、当時のオーストリア帝国軍における伝説的な陸軍元帥です。1848年、ヨーロッパ全土を揺るがした「三月革命」の波が押し寄せる中、オーストリア支配下にあった北イタリアで勃発した独立反乱を、ラデツキー将軍は「クストーツァの戦い」で徹底的に鎮圧しました。
作曲者であるヨハン・シュトラウス1世(1804–1849)は、宮廷舞踏会音楽監督を務める保守派の重鎮でした。革命派を支持した息子のヨハン・シュトラウス2世とは対照的に、父シュトラウス1世はハプスブルク帝国政府への忠誠を示し、ウィーン市民の愛国心を煽るために将軍の凱旋祝賀曲としてこの行進曲を書き下ろしたのです。つまり、誕生当初は体制維持のための軍事プロパガンダ楽曲という極めて重い政治性を帯びていました。