函館・元町地区には19もの個性豊かな坂道が存在しますが、その中でも八幡坂が圧倒的な人気を誇る最大の要因は、計算されたかのような一直線のビスタライン(通視景観)にあります。坂の頂上付近に立つと、視界を遮る高層建築物がなく、両脇に並ぶ街路樹(ナナカマドなど)が自然なフレームとなって視線を中央の函館港へと誘導します。
その海の先でアイストップ(視線の終着点)として堂々たる存在感を放つのが、現在「青函連絡船記念館 摩周丸」として係留・保存されているメモリアルシップです。道路の直線軸と船体の配置が見事なシンメトリーを形成しており、都市計画と港湾空間が奇跡的な調和を保っています。
この坂の名前は、かつて坂の頂上付近に「函館八幡宮」が鎮座していた歴史に由来します。1878年(明治11年)の大火によって社殿は現在の谷地頭町へと移転しましたが、坂の名称だけはそのまま残り、激動の開港史とともに歩み続けてきました。大火後の復興計画において防火帯としての役割を兼ね備えて道幅が拡張された結果、現在の広々とした直線美が形作られました。