映画史における悪役の概念を根底から覆した傑作といえば、アメコミ映画の枠を超えた名作『ダークナイト』を外すことはできない。監督のクリストファー・ノーランが描いたゴッサム・シティの闇の中で、故ヒース・レジャーが演じたジョーカーは、悪役に単なる「利益目的」すら必要ないことを証明してみせた。
ワーナー・ブラザースが送り出したこの金字塔において、ジョーカーが放つ言葉はどれも哲学的なナイフのように鋭い。「狂気は重力のようなものだ。ほんの少し押してやるだけでいい」という言葉は、社会の平和がいかに脆く、かりそめのルールの上に成り立っているかを曝露した。ヒース・レジャーの鬼気迫る怪演とノーランのリアル志向の演出が融合した結果、ジョーカーのセリフはフィクションの壁を突き破り、観客自身の倫理観を試す実験装置となったのである。