この未曾有の危機に対し、呪術や漢方医学の限界を察知して立ち上がったのが西洋医学を学んだ蘭医学の医師たちだった。大坂の適塾を開いた緒方洪庵は、海外の最新医学書を緊急翻訳し、『虎列刺治准』という治療ガイドラインを急速執筆して全国の医師へ配布した。水分補給の重要性や衛生管理の必要性をいち早く説いた彼の慧眼は、現代の医療水準から見ても驚くべき正確さを誇る。
また、幕府の奥医師を務めていた伊東玄朴は、旧態依然とした幕府の医事制度を力づくで動かした。彼は漢方医たちの猛烈な反発を押し切り、西洋医学の手法を取り入れた防疫体制の構築を老中たちに直訴した。二人の先駆者が示した強い執念と科学的アプローチがなければ、被害はさらに破滅的な規模に達していたに違いない。