父の急逝により、当時20歳だった尾上松也の人生は激変しました。名門の御曹司であれば、父亡き後も強力な後ろ盾や幹部役者による手厚い庇護を受けられるケースもあります。しかし、一代で弟子を抱えるまでになった松助一門の場合、当主の死は一門の存続危機に直結する深刻な事態でした。
松也には、父の弟子たちの生活や稽古場の維持費、さらには一門を運営するための経済的負担が容赦なくのしかかりました。当時のテレビ特番インタビューや手記において、松也は「父が亡くなった瞬間、目の前が真っ暗になった。自分の実力も実績もないのに、明日から弟子たちをどう養っていけばいいのかという恐怖しかなかった」と当時の絶望的な心境を赤裸々に告白しています。
配役がつかず、舞台の端役が続く日々の中で、松也が選んだ道は「自ら機会を作り出すこと」でした。2009年、自らが座頭となって立ち上げた自主公演『挑む』は、まさに背水の陣の試みでした。資金集めから劇場の確保、チケットの手売りまでを自らこなし、がむしゃらに芸を磨き続けたのです。
この泥臭い挑戦の原動力となったのは、「父の名に泥を塗るわけにはいかない」「松助の一門を守り抜く」という強烈な責任感でした。その後、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』や『エリザベート』への出演、ドラマ『半沢直樹』での鮮烈な好演など、ジャンルを越えた活躍によって知名度を飛躍的に向上させ、本業の歌舞伎でも大役を任される看板役者へと成長を遂げました。