英彦山一帯は、羽黒山や熊野山と並ぶ日本三大修験山の一つとして名を馳せた霊峰である。高住神社はもともと豊前坊顕徳坊という寺院として開かれた歴史を持ち、明治の神仏分離令を経て現在の神社形式となった。そのため、境内には神道と修験道が融合した独特の儀礼や意匠が色濃く残っている。
山腹に広がる英彦山神宮が公的な信仰の中心であったとすれば、高住神社は山伏たちの過酷な荒行と結びついた、より根源的で野性味あふれる祈りの場だった。杉木立の参道を歩いていると、ほのかに薫る土の香りと湿った苔が、数百年前に修行に励んだ修験者たちの足音を今に伝えているかのようだ。