1990年代初頭、Jリーグ発足の機運が高まる中、盛岡は新興クラブのコーチングスタッフに加わった。そこで彼が持ち込んだのは、当時の日本では異端とされた「ボールポゼッション重視」の戦術だった。
当時の主流は「速攻」と「縦への速さ」だった。しかし盛岡は違うビジョンを持っていた。「ボールを保持することで、相手の体力を削り、スペースを作り出す。そこに技術のある選手を配置すれば、日本人の体格的不利を補える」と彼は主張した。
データ分析の先駆者
盛岡のもう一つの革新は、データ分析の早期導入だった。1990年代後半、まだビデオ分析が一般的でなかった時代に、彼は試合映像を細かく分解し、選手の走行距離、パス成功率、ボール保持時間を手作業で記録した。
ノートは膨大になった。しかしそのデータが、選手への説得力あるフィードバックを可能にした。感覚ではなく、数字で示す。この科学的アプローチが、日本サッカー界に新しい風を吹き込んだ。