2016年3月31日、通算放送回数6,448回を数えた『ライオンのごきげんよう』は、惜しまれつつその歴史に幕を閉じました。前身番組である『ライオンのいただきます』を含めると、小堺一機さんがフジテレビの昼枠で司会を務めた期間は実に31年半に及びます。これほどの実績を誇る大看板がなぜ終了に至ったのか、その背景にはフジテレビ全体の編成改革と広告ビジネス構造の大きな転換期がありました。
最大の要因とされているのが、2014年春の『笑っていいとも!』終了を契機としたフジテレビ 昼の帯番組 歴史における最大の地殻変動です。後継番組としてスタートした情報バラエティ『バイキング』のテコ入れを図るなかで、放送枠の拡大(11:55〜13:45への枠統合)が決定。これにより、長年13:00から放送されていた15分〜30分枠のミニ帯番組ゾーンが統合・再編される運命をたどることになりました。
さらに見逃せないのが、ライオンの一社提供番組を取り巻く広告戦略の変化です。ライオンは1964年スタートの『ライオン奥様劇場』以来、半世紀以上にわたってフジテレビの平日昼13時枠を一社で提供し続けてきました。しかし、視聴者のライフスタイルの多様化やタイムシフト視聴の普及に伴い、単一枠への巨額投資から複数枠への分散投資・ターゲット層の細分化へと舵を切る必要が生じました。ライオンのごきげんよう 終了理由は、単なる視聴率の上下動だけでなく、メディア環境の構造的変化に伴う戦略的判断が重なった結果だったといえます。
番組の終了が公式発表された当時、ごきげんよう 打ち切り ネットの反応は「昼休みの日常が奪われる」「サイコロの音が聞けなくなるのは本当に寂しい」といった悲鳴やロスを訴える声で溢れかえりました。多くの人々にとって、同番組の終了は一つのテレビ黄金期の終わりを象徴する出来事として記憶されています。