戦後、彼女が目指したのは弁護士への復帰だけではなかった。新憲法下の司法界で、裁判官として社会の再生に尽力することだった。しかし、ここでも壁は厚かった。女性だからという不当な理由で、採用を免職同然に拒まれた過去がある。
それでも屈しなかった。司法省の最高裁判所事務総局などで家庭裁判所の設立に奔走。家事審判の現場で苦しむ女性や孤児たちに寄り添い続けた。その執念が実を結び、彼女はついに女性初の裁判官となり、後には名古屋家庭裁判所の所長に就任する。最高裁判所とも対等に議論を重ね、家庭裁判所の理念を全国へ定着させた功績は、日本の裁判史における金字塔だ。