多くの人々が「蝋人形」と呼んでいたあの再現展示ですが、実は素材は蝋ではなくプラスチック(FRP)やシリコンで作られていました。初代の人形が設置されたのは1973年のことです。当時の館長らが「惨状を視覚的に伝えたい」と発案し、焦土と化した街を歩く親子の姿が再現されました。
その後、1991年の改修で人形は2代目に代替わりします。よりリアルな表現を追求し、ガラスの破片が突き刺さった皮膚や、熱線で垂れ下がった皮膚、ボロボロになった衣服などが精緻に作り込まれました。薄暗い展示室のなか、赤黒い照明に照らし出されたその姿は、多くの修学旅行生にとって忘れられない強烈な体験となりました。
「夜にトイレに行けなくなった」「あの姿が何年も夢に出てきた」といった声が上がる一方で、「あの恐怖があったからこそ、戦争の恐ろしさと平和の尊さを骨の髄まで理解できた」という証言も数多く残されています。再現人形は40年以上にわたり、被爆の実相を伝える象徴的な役割を果たし続けました。