騒動後、彼は「ゲスの極み乙女」だけでなく、「indigo la End」「ジェニーハイ」「ichikoro」など、複数のプロジェクトを同時並行で走らせる驚異的な活動量を見せた。それぞれのバンドで全く異なる音楽性を提示し、プロデューサーとしての手腕も遺憾なく発揮している。
この多作ぶりは、スキャンダルのイメージを希釈する戦略としても機能した。一つのイメージに固定されることなく、常に新しい音楽的刺激を提供し続けることで、世間は彼を「スキャンダルの当事者」ではなく「希代の音楽家」として再定義せざるを得なくなったのだ。