1980年代半ば、HIVに関する正確な医療情報が乏しく、社会的な偏見が荒れ狂っていた時代。フレディ・マーキュリーは身体の異変を感じ取りながらも、自らの病状を極秘に付していた。過熱するタブロイド紙の取材陣がロンドンの自宅「ガーデン・ロッジ」を取り囲み、激減していく彼の体重や体力の衰えを容赦なく暴き立てようとしていたからだ。
1991年11月23日、衰弱が限界に達した彼はついに沈黙を破る。「私はHIVテストで陽性と判明し、エイズを患っています。このプライバシーを守ることが正しかったと考えていますが、今や世界中の友人とファンに真実を告げる時が来ました」。この声明から丸一日も経たない翌日夕刻、彼は静かに息を引き取った。最期まで威厳を保ち、音楽への献身を貫いた生き様そのものが、死因にまつわる悲劇的な憶測を払拭する力を持っていた。