終戦直後の混迷期、主権回復という至難の業を成し遂げたのが吉田茂だ。サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約の調印に踏み切った彼の決断は、その後の日本の安全保障と経済優先路線の決定的な骨格となった。「ワンマン」と称された強権的な政治スタイルとユーモア混じりの外交手腕は、焦土の中で打ちひしがれた国民に強烈な自負を植え付けた。
吉田内閣が選んだ「軽武装・経済重視」のドクトリンは、平和主義の理念を体現しつつも、アメリカの安全保障の傘を活用して経済再建に全精力を傾注する現実主義の選択であった。この冷徹とも言える国家戦略が、後の高度経済成長を呼び込む強固な土台となった事実は揺るがない。