栄華を極めた生活は、1965年に起きた軍事クーデター「9・30事件」によって暗転します。スカルノ大統領が失脚し、政情が緊迫する中、デヴィ夫人は妊娠中だった長女カリナさんを出産するため日本へ一時帰国。その後、フランス・パリへの亡命を余儀なくされました。
しかし、彼女はただ悲劇のヒロインで終わる女性ではありませんでした。亡命先のパリで、デヴィ夫人はその類まれな美貌とインドネシア大統領夫人としての気品を武器に、ヨーロッパ最高峰の社交界へと飛び込みます。
貴族や大富豪が集うサロンで瞬く間に中心人物となり、「東洋の真珠がパリに舞い降りた」と称賛を浴びました。フランスの名優アラン・ドロンやスペインの画家サルバドール・ダリら世界的一流アーティストたちと親交を深め、社交界屈指のインフルエンサーとして確固たる地位を築き上げたのです。