離婚後、大森南朋の母が選んだ生業は新宿での飲食店経営でした。文化人や演劇人、夜の街の人々が集う新宿界隈で、母はカウンターに立ち、夜遅くまで働きながら生活費と息子の学費を稼ぎ出しました。
大森南朋自身、過去の対談番組や手記で当時の母親について語っています。夜間に働く母を持つ家庭環境は、一般的な家庭とは生活リズムが大きく異なっていました。夕方に母が仕事に出かけ、深夜や明け方に帰宅するという環境の中で、大森兄弟は早くから自立心を養うことになります。
思春期の大森南朋は、バンド活動に明け暮れ、時には荒れた時期を過ごしたこともありました。しかし、母は感情的に怒鳴り散らすのではなく、「自分のケツは自分で拭きなさい」という無言の威厳と深い愛情で見守っていたといいます。新宿の喧騒を生き抜く母の凛とした背中は、多感な少年時代の南朋に「人間としての本質的な強さ」と「他者への偏見を持たない視点」を教え込みました。大森南朋が演じる役柄に見られる、どこか哀愁を帯びながらも芯の通った佇まいは、間違いなくこの母親の生き様から影響を受けています。