結婚生活のスタートと同時に、過酷な現実が立ちはだかる。大黒摩季は20代の頃から、子宮内膜症、子宮筋腫、子宮腺筋症、そして左卵巣嚢腫という複数の重い子宮疾患を抱えていた。医師からは「妊娠は極めて困難」と告げられながらも、夫に我が子を抱かせたい一心で不妊治療に踏み切った。
ホルモン投与による体調の劇的な変化、激痛、そして幾度となく繰り返される流産。肉体的にも精神的にも限界に達する日々が続いた。2010年には、本格的な治療に専念するため無期限の活動休止を発表。ステージを離れ、すべてを子どもを授かるための闘いに捧げた。しかし、過酷な体外受精を何度も繰り返した末、2015年に最後と決めていた受精卵が着床しなかったことで、彼女は子宮全摘出手術を受ける決断を下す。それは、母になる夢の終焉を意味していた。