当時の江戸歌舞伎は、熱狂的な大衆娯楽の頂点にあった。中でも生島新五郎は、端正な顔立ちと華麗な所作で江戸中の女性を虜にしていた稀代の名優である。山村座の桟敷席を埋め尽くす観客にとって、舞台上の生島はまさに現世の偶像であった。
大奥という外界から隔絶された空間で、過密な公務と重責を背負い続けていた絵島。彼女にとって、生島の放つ圧倒的なエネルギーと芸の華やかさは、束の間の解放感をもたらす劇薬だったのかもしれない。酒席において二人が交わした言葉が純粋な芸の称賛だったのか、それとも男女の情愛だったのか、その真実は幕府の取り調べ記録の改ざんによって今なお闇に包まれている。
だが江戸幕府にとって、大奥の要職にある女性が町人身分の役者と私的な交わりを持ったという事実そのものが、身分秩序を根底から脅かす許しがたい背信行為と映った。