トロッコ列車が駆け抜ける保津川渓谷は、単なる景勝地にとどまらない深い歴史の舞台でもある。江戸時代初期、角倉了以が開削したこの水運ルートは、丹波地方の豊かな物資を京の都へ運ぶ物流の大動脈として長年機能してきた。巨岩が立ち並ぶ難所を切り開いた角倉了以の偉業に思いを馳せると、車窓から見える荒々しい岩肌の表情も一層深く迫ってくる。
この地域は戦国時代の名将・明智光秀とも深いゆかりを持つ。亀岡の亀山城城主として丹波を統治した明智光秀は、京都へと通じるこの険しい山道を軍事・交通の要衝として捉えていた。歴史の荒波と自然の造形美が交差する渓谷は、日本屈指の紅葉名所としても知られ、秋にはモミジやカエデが燃え上がるような真っ赤なトンネルを作り出す。