物語が終幕へと向かうにつれ、読者は心地よい救済の物語を完全に拒絶される。主人公の「僕」とクラスメイトのコジマ。ふたりが築いた密やかな連帯は、美しい友情として完結しない。コジマは自らが受ける暴力に意味を見出し、耐え忍ぶことの中に聖なる価値を求めようとする。しかし、「僕」が選んだ結末は、その受難の意味付けそのものを放棄する決断だった。
斜視の手術によって視界を物理的に書き換えた主人公は、苦痛に価値を与えるという宗教的なドグマをあっさりと切り捨てる。そこに提示されているのは、被害者と加害者というわかりやすい構図を超えた、「善悪」という概念そのものの解体だ。痛みに意味など存在しないという圧倒的で冷徹な真実。これこそが、本作が読者の胸に遺す最大の衝撃であり、私たちが目を背け続けてきた現実の裸形にほかならない。