ネット空間において「西郷隆盛の写真がついに発見された」というニュースが定期的にバズを起こす背景には、日本人の歴史観とデジタルメディアのアルゴリズムが絡み合った盲点が存在します。
第一の盲点は、幕末維新の古写真における「後世の裏書き」問題です。幕末に撮影された名もなき侍や武官の写真に、明治後期から大正期にかけて所有者が箔をつける目的で「西郷隆盛公」と筆で書き加えた事例が日本全国で無数に確認されています。骨董市場やオークションに流出した際、出品者がその裏書きを鵜呑みにしてSNSへ投稿し、「世紀の新発見」として瞬く間に拡散されてしまうパターンが後を絶ちません。
第二の盲点は、「判官贔屓(ほうがんびいき)」とミステリーを求める大衆心理です。明治の三傑の中で、大久保利通や木戸孝允は鮮明な生前写真が多数残されています。唯一、西郷隆盛だけが写真を残さず、城山に散ったという悲劇性が、「誰も見たことのない西郷の真実の素顔を知りたい」という人々の強い願望を刺激し続けています。その結果、専門家が「別人である」と否定見解を出しても、陰謀論やロマンを優先する言説がネット上で根強く生き残り続ける現象を生んでいます。