まず押さえるべきは、不便益の定義です。不便益とは、英語で「benefit of inconvenience」と表現され、「不便だからこそ得られる固有の便益(メリット)」を指します。
学術的な源流は、京都大学 不便益システム研究所の代表を務め、現在は京都先端科学大学教授でもある川上浩司氏を中心とする研究グループにあります。川上氏らはシステム工学やデザイン学の観点から、「機械やシステムが人間を支援しすぎると、人間の能力や主体性が奪われるのではないか」という根源的な問いを立てました。
報道各社の取材や学術発表資料において、川上氏は「不便益は、よく勘違いされる『負の便益(不便によって生じる損失や我慢)』とは根本的に異なる」と繰り返し強調しています。単に我慢を強いることではなく、あえて利便性を制限することで、利用者の能動性、発見の喜び、スキル向上といったポジティブな結果をもたらす仕組みこそが不便益の本質です。
従来、工学やITビジネスの世界では「FAST(速く)・CHEAP(安く)・EASY(手軽に)」が絶対善とされてきました。しかし、あらゆるものが自動化された結果、人間はシステムに使われる受動的な存在になりつつあります。この課題に対する実践的な対案が、不便益のアプローチです。