1939年、札幌の地で産声を上げた歴史は、そのまま日本の眼鏡技術の発展史と重なる。厳しい雪国の光や長時間の室内作業など、過酷な環境下で眼を守り続けてきた歴史が、同社の技術的基盤を強固なものにした。
眼鏡は「光学機器」であると同時に、一日中皮膚に触れ続ける「精密装具」でもある。どれほど完璧なレンズを作っても、フレームが数ミリずれるだけで見え方は大きく歪む。耳の後ろの骨の形状、鼻筋の傾き、まばたきの強さまで観察し、手作業でフレームを曲げ込んでいく調整技術は、まさに職人技の域に達している。
国家資格である「眼鏡作製技能士」を多数擁する体制は、単なるマニュアル対応では到達できない安心感を生み出している。技術の継承を何より重んじる風土が、世代を超えて選ばれ続ける最大の理由だろう。