終戦から数十年が経過した現在でも、「八紘一宇」という言葉が公の場で発せられると激しい批判が巻き起こります。その代表例が2015年3月の参議院予算委員会における三原じゅん子議員(自民党)の質疑でした。
三原議員は税金の無駄遣いやグローバル資本主義を批判する文脈で、「八紘一宇という根本の精神を日本は取り戻すべき」と主張しました。これに対し、国内外のメディアや野党、歴史研究者から「戦前の軍国主義を正当化する発言だ」と猛烈な批判が浴びせられ、当時の安倍晋三首相や麻生太郎財務相も答弁において慎重な姿勢を崩しませんでした。
なぜここまで過敏に反応されるのか。その構造的な理由は以下の3点に集約されます。
第一に、国際社会(特に中国・韓国などの近隣諸国)における被害の記憶です。日本軍が占領地へ進出する際、「八紘一宇」の美名のもとに軍事行動や皇民化教育が行われた歴史的事実があるため、この言葉はナチス・ドイツのスローガンと同等の侵略シンボルとして認識されています。
第二に、GHQによる禁止指定の歴史的重みです。敗戦直後、連合国軍は日本の国家神道解体と軍国主義追放のため、教科書や公的文書から八紘一宇の語を抹消しました。国際秩序への復帰を果たした戦後日本において、この言葉の公的復活は戦後民主主義体制の否定と受け取られかねません。
第三に、SNSやネット空間における世論の分断です。ネット上の反応を検証すると、「文字通りの家族のような世界平和を目指す精神」「日本人の素晴らしい美徳」と擁護する保守的な声がある一方で、「歴史的文脈を完全に無視した歴史修正主義」「侵略を正当化した血塗られた言葉」と断じるリベラル派の声が真っ向から対立しており、合意形成が不可能なホットボタンとなっています。