少年Aは関東医療少年院での精神医療と矯正教育を経て、2004年に仮退院、2005年に本退院を果たした。両親は社会復帰した息子との接触を極力避けつつも、その更生を遠くから見守る立場にあった。
しかし2015年、少年Aは突如として太田出版より手記『絶歌』を出版する。この独断の行動は、遺族への事前連絡や承諾を完全に欠いており、日本社会に怒りの渦を巻き起こした。出版・ジャーナリズム業界でも、表現の自由と犯罪被害者の感情、そして加害者の手記出版の是非を巡って激しい議論が紛糾した。
この出版は、両親にとっても青天の霹靂であった。息子が独断で過去の残虐行為を美文化し、自らの言葉で世に出したことに対し、両親は深い絶望と怒りを覚えたとされる。これにより、わずかにつながっていた元少年Aと両親との関係性は完全に破綻。親子の精神的な絆は決定的な断絶を迎えることとなった。