立川雲水が落語立川流の門を叩いたのは、落語界の風雲児・立川談志が独自のカリスマ性で日本中を席巻していた時代だった。入門を果たせば、そこは理不尽と極限の美意識が同居する濃密な修行の場。前座時代はただひたすらに師匠の身の回りを世話し、噺の筋だけでなく人間の機微、弱さ、業の肯定を骨の髄まで叩き込まれる日々だった。
当時、一門にはすでに立川志の輔をはじめとする錚々たる兄弟子たちが頭角を現しており、後続の弟子たちにかかる重圧は想像を絶するものがあった。落語界の慣習にとらわれない厳しい昇進試験を課す立川流にあって、雲水は泥臭く、しかし愚直に芸を磨き上げていく。談志という巨大な太陽の光を浴びながら、自らの影の濃さを自覚し続けた青春期こそが、現在の揺るぎない土台を築き上げた。