那須雄登の秀才ぶりは大学時代に突然開花したものではなく、小学生時代の中学受験期に培われた強固な学習習慣が原点にあります。
志望校として見据えたのは、首都圏最難関の私立共学校である慶應義塾中等部(偏差値65〜70前後)でした。小学校高学年の受験直前期には、1日最大16時間の猛勉強に励んだという驚きのエピソードが、バラエティ番組や雑誌インタビューで明かされています。
自著的な手記や教育関連の取材で明かされた勉強メソッドは極めて合理的です。「苦手分野をノートに一元化して徹底的に反復する」「過去問の出題傾向を逆算して時間配分を身体に染み込ませる」という王道の戦略を泥臭く継続しました。この過酷な中学受験を突破した経験が、その後の人生における「どんな逆境でもやり抜く自己規律」の土台となっています。
その後進学した慶應義塾高等学校(塾高・偏差値76)では、高校1年生の時にジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)に入所。放課後は日吉キャンパスからレッスン場や劇場へ直行する生活が始まりました。塾高は留年基準が厳しいことで有名ですが、那須雄登は一度も落第することなく優秀な成績を維持し、第一志望であった経済学部への内部推薦を勝ち取りました。