作中で描かれる国家「ゲノム党支配下の日本」における食糧事情は、漫画史上に残るほど陰惨です。戦争によって自然環境とインフラが壊滅した結果、農作物の生産や家畜の飼育は完全に党の上層部によって独占・管理されています。一般市民や不適合者(M型遺伝子保持者など)に配給されるのは、人間の排泄物や下水汚泥からタンパク質を抽出して固めた合成食料です。
読者の間でしばしば「ウンコ味のカレーか、カレー味のウンコか」という古典的な究極の選択と結びつけて語られますが、作中の現実はその冗談を遥かに凌駕する残酷さを誇ります。作中の人間たちは、自らが食べているものが排泄物由来であることを知りながら、生き延びるために貪り食うしかありません。味付けすら満足に施されていない灰色や茶色のブロック状の合成食料は、人間からプライドと精神を奪うための支配ツールとして機能しています。
その世界において、本物のスパイスを使った「カレーライス」は、かつての高度文明と人間らしい生活の象徴であり、同時に「支配者が被支配者を徹底的に屈服させるための暴力装置」として描かれます。目の前に立ち上るカレーの匂いだけで人間が獣のように平伏してしまう描写は、徳弘正也が描く「極限状態における人間の尊厳の脆さ」を容赦なく暴き出しています。